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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1519号 判決 1969年8月08日

控訴人

山野井隼雄

梶川えん訴訟承継人

被控訴人

梶川妙子

外一名

代理人

佐々野虎一

外一名

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人らは控訴人に対しそれぞれ金六一二、八五〇円を支払え。

控訴人のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対しそれぞれ金九六万円を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第一  控訴人の請求の原因および主張

一、控訴人は昭和一〇年一二月一九日被控訴人ら先代梶川えんよりその所有の千葉県柏市柏字上東割八三七番の三宅地一六五、二八平方米(五〇坪)を普通建物所有の目的で、期間三ケ年、賃料一ケ月金五円五〇銭毎年六月二五日および一二月二五日に各六ケ月分後払の約で賃借して地上に木造建物を建築所有し、その後賃料額は数次の改訂により昭和三〇年一月から金七五〇円となり、また支払期は後に毎月末払となつた。

二、そして右期間満了後も民法第六一九条第一項により引き続き同一の条件をもつて期間の定めのない賃貸借として継続してきたところ、昭和一六年三月一〇日柏市に借地法が施行されて同法第一七条によりその存続期間はすでに経過した期間を算入して二〇年となり、昭和三〇年一二月一八日をもつて満了したが、控訴人は引き続き本件土地の使用を継続し、これに対し被控訴人ら先代が遅滞なく異議を述べなかつたので、借地法第六条、第五条により法定更新されてその存続期間は昭和五〇年一二月一八日までとなつた。

三、しかるところ、本件借地上の建物は昭和三〇年一二月二五日柏市の大火により類焼滅失したが、賃借権は引き続き在続するので、控訴人は焼跡に建物の再建築にとりかかつたところ、被控訴人ら先代は昭和三一年一月七日千葉地方裁判所松戸支部に本件土地の原状不変更ならびに占有移転禁止の仮処分を申請し、同月一〇日その旨の決定をえて翌一一日これが執行した。そのため控訴人は建物を建築しえなくなつた間、被控訴人ら先代は控訴人の本件土地に対する占有権を無視して事実上これを占有し、秘かに訴外増谷鉄造に建築の準備を容認しつつ同年二月一四日本件土地を同人に売却したうえ、翌一五日右仮処分の執行を解いてこれを引き渡し、右増谷は同日直ちに本件土地上に建物を建築し始めたのである。

かくして本件土地に建物を建築しえなくなつた控訴人は自己の賃借権をもつて右土地を買い受けた増谷に対し対抗しえなくなり、ここに被控訴人ら先代の控訴人に対する賃貸義務は被控訴人ら先代の責に帰すべき事由により履行不能となつたのであつて、同人はこれにより控訴人の被つた損害を賠償すべき義務を負うに至つた。

四、被控訴人ら先代は昭和三九年四月二八日死亡し被控訴人らがその子としてこれを相続したが、控訴人は昭和四〇年一月二六日念のため被控訴人らに対し書面をもつてその到達の日から二週間内に本件土地を引き渡すべきことを催告するとともにこれに応じないときは本件賃貸借契約は当然解除される旨の意思表示をし、同書面は翌二七日被控訴人らに到達したにもかかわらず、右期間内に引渡しがなかつたので、本件賃貸借契約は同年二月一〇日をもつて解除された。

五、よつて被控訴人らは控訴人に対し右解除の昭和四〇年二月一〇日における本件賃借権の時価相当額を賠償すべきところ、その当時の時価は少くとも昭和三一年二月一四日当時の時価金一九二万円を下らないものであるから、控訴人は被控訴人らに対しそれぞれその二分の一たる金九六万円の支払を求める。

六  被控訴人らの主張について

(1)  第二の五の事実は争う。

(2)  第二の六の事実中被控訴人ら先代から昭和三一年一月八日賃貸借契約解除の意思表示を受けたことは認めるがその他は否認する。

右増谷は本件土地上の控訴人所有建物の一部を焼失前に賃借していたが、その焼失後控訴人の同意をえないで焼跡に応急バラックを仮設したのであつて、控訴人において同人に対し賃借権の譲渡または転貸をしたことはない。

かりにそうでないとしても、借家人たる増谷が大火により年の暮も迫つて焼け出されたのであるから、控訴人が同人に応急バラックの仮設を容認したとしても、これはやむをえない措置であつて、被控訴人ら先代がこれをとがめて賃貸借契約を解除するのは権利の濫用として許さるべきではない。

(3)  第二の七の事実は争う。

(4)  第二の八および九の事実も争う。本件借地上の建物が大火により焼失後、柏市の復興対策委員会の斡旋により本件土地の表側に増谷および訴外田所鉄次においてそれぞれ応急バラックによる臨時店舗を仮設したが、その際借地関係はもちろん、建物の所有関係も明確にされず、右委員会としては三ケ月以内に借地関係を調整のうえ応急バラックを取り毀して本建築することを勧奨していたのである。そして被控訴人ら先代は本件土地を増谷に売却し仮処分の解放後直ちに同人をして本件土地中裏側空地に建物を築造せしめたのであるから、控訴人において土地の使用を回復する余地はなく、また応急バラックについては所有権の帰属すら明らかでなかつたのであるから、これにつき控訴人が保存登記をしなかつたからといつて、自己の権利の保全を怠つたものといわれるべき筋合ではない。さらに右事実の下で被控訴人ら先代が控訴人において賃借権の譲渡または転貸をしたと考えたとすれば軽率のそしりを免れない。

(5)  第二の一〇および一一の事実は争う。

第二  被控訴人らの答弁および主張

一、控訴人は当審において初めて従前の不法行為による損害賠償の請求を債務不履行によるそれに変更したが、かかる新たな主張は故意または重大な過失による時機に後れた攻撃方法であつて、これがため訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、却下されるべきである。

二、控訴人は一審における金五〇万円の請求を当審において金一九二万円の請求に拡張しているが、控訴審における請求の拡張は許さるべきではない。けだし、相手方の訴訟上の利益を考慮すべきであり、また控訴審において請求の拡張を許すと、訴状に貼用する印紙額を免脱せしめる結果となるからである。

三、控訴人主張の請求の原因について

(1)  第一の一の事実は認める。

(2)  第二の二の事実中昭和三〇年一二月一八日の期間満了後控訴人が土地の使用を継続し被控訴人ら先代が異議を述べなかつたため賃貸借期間が昭和五〇年一二月一八日まで延長されたことは争うが、その他は認める。

(3)  第一の三の事実中昭和三〇年一二月二五日柏市の大火により本件土地上の建物が焼失したこと、被控訴人ら先代が控訴人主張のとおり仮処分の申請をしその決定をえて執行したこと、被控訴人ら先代が昭和三一年二月一四日本件土地を訴外増谷鉄造に売却し、翌一五日仮処分の執行を解いたことはいずれも認めるが、その他は否認する。

(4)  第一の四の事実中被控訴人ら先代が昭和三九年四月二八日死亡し被控訴人らがその子として相続したこと、控訴人よりその主張の日時その主張の書面が到達したことは認めが、その他は争う。

(5)  第一の五の事実は否認する。

四、借地法第六条の規定する借地の使用継続は相当期間にわたることが必要であるところ、控訴人の土地使用の継続は期間満了の昭和三〇年一二月一八日以後建物焼失の同月二五日までの七日間にすぎないから、同法条にいう使用の継続には当らない。また、かりにそうでないとしても、被控訴人ら先代は後記六のごとく昭和三一年一月八日控訴人に対し賃貸借契約を解除して土地の明渡しを求めているのであるから、遅滞なく異議を述べたことになるのである。したがつて本件借地権は法定更新されることなく昭和三〇年一二月一八日期間満了により消滅している。

五、かりにそうでないとしても、本件土地上の控訴人所有の建物は昭和九年八月以前の建築にかかる木造建物であつて焼失当時の昭和三〇年一二月二五日にはすでに朽廃していたのであるから、控訴人の借地権はその頃消滅したものである。

六、かりにそうでないとしても、控訴人は右火災後昭和三〇年一二月二七日頃増谷鉄造に応急バラックを建築せしめて無断で右増谷または有限会社増谷呉服店に賃借権を譲渡または転貸したので、被控訴人ら先代は民法第六一二条に基づき控訴人に対し昭和三一年一月八日賃貸借契約解除の意思表示をし、これによつて本件借地権は消滅した。

七、かりに借地権が消滅していなかつたとしても、被控訴人ら先代が増谷鉄造に本件土地を譲渡するに当つては、同人との間にもし控訴人の借地権が存続する場合には増谷において賃貸人たる地位を承継する旨を約定していたのであるから、その後控訴人が本件土地の占有を失つたとしても賃貸借承継以後のことであつて、なんら被控訴人ら先代がその責をクうべきいわれはない。

八、火災後に建築された応急バラッ負が控訴人の所有とすれば、控訴人はその建築後直ちに保存登記をして借地権につき対抗要件を其備することができたにもかかわらず、これを怠り、本件土地の譲渡後たる昭和三一年五月一〇日にいたつて初めて保存登記をしたのであるから、その借地権の喪失は自ら招いた結果であつて、被控訴人ら先代の責を問うことはできない。

また被控訴人ら先代は増谷に本件土地を売却する一ケ月前から控訴人に対しこれを売却したい旨の意向を表明していたのであるから、控訴人としてはその間十分に自己の権利を確保できたはずである。

九、かりに控訴人が増谷に借地権の譲渡または転貸をしていなかつたとしても、焼失前の建物の一部を賃借していた増谷が焼失二日後に年末売出しの営業目的のため応急バラックを建築し控訴人はこれを許容していたのであるから、かかる情況の下で被控訴人ら先代が無断借地権の譲渡または転貸を理由とする解除により借地権が消滅したものと信じて本件土地を他に売却したとしても、被控訴人ら先代にはなんら責むべき事由はないというべきである。しかも他人に賃貸中の土地を売却することは適法な行為であつて、その結果借地人がその権利を失つたとしてもやむをえないことである。

一〇、かりに被控訴人ら先代が履行不能による損害の賠償責任を負つたとしても、その損害の算定時期は履行不能となつた時における価格を基礎とすべきであるから、被控訴人ら先代が増谷に本件土地を譲渡することにより履行不能の確定した昭和三一年二月一四日当時の借地権価格によるべきである。

一一、かりにそうでなく、また控訴人の焼失建物が焼失当時に朽廃していなかつたとしても、昭和三一年一二月または遅くとも昭和三二年一二月には朽廃すべかりしものであつて、そのため本件借地権はその頃には消滅したものである。したがつて、損害額の算定は右日時頃における借地権価格を基礎とすべきである。またその頃借地権はすでに消滅に帰しているのであるから、控訴人による昭和四〇年一月二七日の解除の意思表示はなんらの効果なく、その時期を基準として損害額が算定されるべきではない。

一二、かりに被控訴人ら先代に債務不履行の責任があるとしても、控訴人は本件土地上の建物が焼失した後増谷に応急バラックの建築を許容するか、またはその建築を放任し、被控訴人ら先代に借地権の譲滅または転貸がなされたと誤解されても致し方ない行為をし、よつて被控訴人ら先代に解除、仮処分、土地の売却等をする原因を与えたのであるから、控訴人にも過失があるものというべく、賠償責任およびその金額を定めるにつき斟酌されるべきである。

第三  立証関係<省略>

理由

一まず、被控訴人らは控訴人が当審において従前の不法行為を理由とする主張に代えて債務不履行を理由とする主張をするのは時機に後れた攻撃方法で却下されるべき旨主張するが、控訴人の右両主張はその基礎となる事実関係においてさほどの差異はなく訴訟の完結を遅延せしめるものではないから、採用の限りでない。また被控訴人らは控訴審における請求の拡張は許さるべきでないと主張するが、訴変更の要件を具備している限り、そのように解すべき理由はなく、貼用印紙もそれに相応する所定の額を追貼すべきものであるから、右の主張も採用することはできない。

二控訴人の本訴請求の原因として主張する第一の一の事実と同二のうち本件借地権の期間が昭和三〇年一二月一八日をもつて満了することとなつた事実は当事者間に争いのないところである。

よつてまず、右借地権が期間満了後法定更新されたかどうかについて検討することとする。被控訴人らは右期間満了後控訴人において土地の使用を継続していないと主張する。そして本件土地上の控訴人所有の建物が同月二五日に柏市の大火により焼失したことは当事者間に争いがなく、それまでの間控訴人が本件土地を使用していたことはいうまでもないところである。しかして右火災後に焼失建物の各一部の旧借家人たる訴外増谷鉄造および同田所鉄次が本件土地の一部に一時応急的にそれぞれバラックを築造したことは後記認定のとおりであるが、<証拠>によれば、控訴人としては火災後本件土地に建物を再建築すべく計画してその手配をしていたことが明らかであつて、その後被控訴人ら先代において翌三一年一月一〇日本件土地の原状不変更等の仮処分決定をえて翌一一日その執行がなされたことは当事者間に争いがなく、これにより控訴人はその再建築を妨げられたことはいうまでもないところであるから、火災後においても控訴人は土地の使用を廃止することなく引き続き使用を継続していたものと解すべきである。被控訴人らの右主張は失当というほかない。次に、被控訴人らは昭和三一年一月八日控訴人に対し土地の使用継続につき異議を述べたと主張し、同日被控訴人先代が控訴人に対し本件賃貸借契約を解除する旨の通告をしたことは当事者間に争いがない。そして<証拠>によると、右通告の書面では解除の理由につきなんら触れるところがないことが明らかである。しかし<証拠>によると、被控訴人ら先代は当時借地上の建物の焼失は借地権の消滅ないし解除の事由となるものと解し右通告をしたことが窺えるし、また本件訴訟においては被控訴人らは火災後控訴人が無断借地権の譲渡または転貸をしたことを理由として右解除に及んだと主張しているのであつて、いずれにしても右の通告は期間満了後に生じた事由に基づき土地の明渡しを求めているにとどまるものであり、しかも被控訴人らは当審において当初被控訴人ら先代が異議を述べなかつたことを認めて本件借地権の法定更新は争つていなかつたのにその後最終の準備書面においてこれを撤回して争うにいたつた経過を勘案すると、右解除の通告は期間満了後も引き続き借地権が存続することを前提としてその後に生じた新たな事由に基づいて本件土地の明渡しを求めたものというほかない。したがつてかかる事情の下になされた明渡しの要求はこれをもつて直ちに期間満了後における土地使用の継続に対する異議の趣旨をも包含するものと速断することは相当でないといわなければならない。

しかのみならず、右の通告をもつてかような異議と解するとしても、後記のような特殊な事情のある本件においては、それをもつて遅滞なき異議と認めることは到底許されないところである。すなわち、<証拠>によれば、昭和三〇年一二月二五日の柏市の大火により同市の重要商店街が焼失したため同市は直ちに復興対策委員会を設け、罹災商店をいち早く復興させるべく応急建物の建築を呼びかける一方、建築業者をして組合を結成させてその建築を斡旋していたところ、本件焼失建物の各一部を賃借して営業していた増谷鉄造は同月二七日本件土地中表道路に面する個所に6坪(19.83平方米)の応急バラックを築造し、さらに同様の借家人田所鉄次も同日右バラックに接着して2坪(6.61平方米)の応急バラックを建築したこと、右バラックの築造については被控訴人ら先代側において借地人でない増谷によりなされたものでないかと疑い控訴人に対し増谷が築造したものであれば控訴人に土地の使用は許さないと申し入れてこれを質した結果、同一二月末頃控訴人はやむなく便宜、増谷に控訴人の建築に係るものとの証明書を書かせて被控訴人ら先代方に持参して弁解したが容易に了解がえられなかつたことが認められまたその間控訴人は本件土地に建物を再築すべく手配中であつたことは前記認定のとおりである。このような事実からも明らかなように、罹災後その跡地の借地権関係の帰趨は罹災者たる借地人らにとり重大な関心事であつて、その権利関係が早急に明確にされて再建の計画やその準備に支障なからしめられることは借地人らの強く期待するところであることは察するに難くはなく、したがつて借地期間満了後の土地所有者からの異議は通常の場合と異なり特に急速になさるべきものであることは当然の筋合といわなければならない。しかるに被控訴人ら先代が控訴人に対し異議を述べたのは翌三一年一月八日というのであるから、それは火災後二週間、借地期間満了の日から起算して三週間の日時を経過しており、この日時を経た後になされた異議は前記認定のような特殊な状況と経過の下においては遅きに失し、これをもつて遅滞なく述べられた異議と解することはできないといわざるをえない。よつて、以上いずれの点よりしても、被控訴人らの右主張は相当でなく、本件借地権は借地法第六条により法定更新されてその後も存続するものというべきである。

次に被控訴人らは本件土地上の建物は焼失当時すでに朽廃していたからこれにより借地権は消滅したと主張する。原審における控訴人本人の供述によると、右建物が昭和八・九年頃の建築にかかるものであることは明らかであるが、焼失当時すでに朽廃に達していたことはこれを認めるに足りる証拠はなく、かえつて原審および当審における控訴人本人の供述によればかかる状況ではなかつたことが認められるから、被控訴人らの右主張も失当というほかはない。

さらに被控訴人らは控訴人が増谷鉄造または有限会社増谷呉服店に無断で借地権の譲渡または転貸をしたからこれを理由に昭和三一年一月八日本件賃貸借契約を解除したと主張する。右増谷が本件土地の一部に昭和三〇年一二月二七日応急バラックを建築したことは前記認定のとおりであるが、前示甲第四ないし第六号証、原審および当審証人増谷鉄造の供述によると、増谷が右応急バラックを建築したのは、前記のとおり柏市の復興対策委員会の斡旋もあり、同人としては、折から年末の大売出しを控えていた関係上、たとい短期間でも営業ができればよいと考えて、地主たる被控訴人ら先代はもちろん、借地人たる控訴人にもなんら相談せず、その了解をえないまま、自己名義をもつて右委員会に応急バラックの建築方を申し込んで築造したものであること、したがつて当時控訴人としては右増谷またはその経営にかかる有限会社増谷呉服店に本件土地の借地権を譲渡しまたはこれに転貸したものではないことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はないから、被控訴人らの右主張も採用することできない。

三ところが、被控訴人ら先代が昭和三一年一月一〇日本件土地の原状不変更ならびに占有移転禁止の仮処分決定をえて翌日これが執行をし、その後同年二月一四日右土地を増谷鉄造に売却したうえ、翌一五日仮処分の執行を解いたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると同月一五日被控訴人ら先代から有限会社増谷呉服店に所有権移転登記がなされたことが明らかであつて、証拠によると、増谷は本件土地を買い受けた後直ちに本建築にとりかかりその地上に既存のバラックをも合体して建坪二八坪七合五勺(九五、〇四平方米)の建物を完成したことが認められる。そして控訴人の本件借地権は従前保存登記のあつた地上建物が火災により滅失した以上、第三者に対する対抗要件を欠くにいたつたのであるから、特段の事情のない限り、控訴人は本件土地が第三者たる右増谷に売却されその旨の所有権移転登記も経由されることによりこれを使用収益しえなくなり、被控訴人ら先代の控訴人に対する賃貸借契約上の債務は履行不能となつたものというべきである。

被控訴人らはこれにつき、増谷との間に同人が控訴人に対する賃貸人たる地位を承継する旨の約定をしたと主張する。しかし<証拠>(被控訴人ら先代と増谷との間の売買契約書)の条項第四条の記載もこれをもつて被控訴人ら主張の趣旨の約定と解することはできず、他にこれを肯認するに足りる証拠はなく、かえつて<証拠>によればかかる約定はなされていなかつたことが明らかであるから、被控訴人らの右主張も採用に由ないところである。

次に、被控訴人らは控訴人においてその借地権につき対抗要件を得る等権利保全の措置を怠つたのであるから自らの責に帰すべき事由により履行不能となつた旨主張する。しかし本件土地に増谷が建築した前記応急バラックは増谷の所有に属するものであることは、<証拠>により明らかであるから、右バラックにつき所有者でない控訴人がたとい保存登記をしても、その借地権につき対抗要件を具備することとなるわけのものではない。<証拠>によると、控訴人はその後昭和三一年五月一〇日8坪(26.44平方米)の建物につき保存登記をしたことが認められるが、それは控訴人の不当な措置であつて、これによつて右の認定が左右されるものではない。また、控訴人は前記認定のように火災後本件土地に再建築の手配をしていたものの、その後増谷への売却にいたるまでの間被控訴人ら先代申請の現状不変更の仮処分により建築に着手することができなかつたのであるから、本件土地に自ら建物を築造したうえその保存登記をすることも事実上不可能であつたといわざるをえない。さらに<証拠>によれば、被控訴人ら先代側においては仮処分中の昭和三一年一月中旬旧借家人等関係者を集め、本件土地を売却したいから買受希望者は申し出られたい、希望者がなければ他に売り渡すと勧誘した際、控訴人は同席していたが、なんら発言せず、その後買受けの申込みもしないまま、増谷がこれに応じて買い受けるにいたつたことが認められるが、かような事実があつたからといつて、これをもつて直ちに控訴人が自らの権利保全の措置を怠つたものというべきでもない。よつて被控訴人らの右主張も失当として排斥すべきである。

なおまた、被控訴人らは火災後増谷が本件土地に応急バラックを築造したことにより被控訴人ら先代が無断借地権の譲渡または転貸があつたものと信じて控訴人との契約を解除したうえ他に売却したのであるから被控訴人ら先代にはなんら責むべき事由はないと主張するが、年末を控え大火により焼失した商店街に旧借家人が一時応急バラックを建築したことをとらえて直ちに右の解除事由が生じたものと誤信することは、他に特段の事情の認められない本件においては、そのことのため土地所有者たる被控訴人ら先代に過失がなかつたものといいうる筋合のものではなく、また土地の売却はその所有者の自由であるとしても、借地上の建物の焼失により対抗要件を欠くにいたつた借地権のある土地を他に売却することによつてその借地権を事実上消滅に帰せしめることは土地所有者の責に帰すべき債務不履行であるといわざるをえない。

四以上の次第で、被控訴人ら先代はその責に帰すべき履行不能により控訴人に対し被らしめた借地権喪失による損害を賠償すべき義務があるものであつて、その損害額の算定については、特別の事情のない限り、履行不能の生じた当時における借地権の時価相当額によるべきであると解すべきところ、当審における鑑定人藤沢数清の鑑定の結果によると右履行不能の生じた昭和三一年二月一五日当時における本件土地の借地権の価格は金一、二二五、七〇〇円と認めるのが相当であるから、被控訴人ら先代は控訴人に対し右金額の損害賠償義務を負つたものといわなければならない。ところが、控訴人は本件賃貸借契約を解除した昭和四四〇年二月一〇日当時の借地権価格を基準としてその損害の賠償を求めるので検討するに、本件借地権は賃貸人の責に帰すべき履行不能によりすでに事実上消滅に帰し契約の解除をまたずに借地人は填補賠償請求権を取得しているのであつて、その後契約を解除するといつても、この場合、土地の使用収益ができない以上借地人としてはその対価たる賃料の支払義務を負担するものではなく、したがつて借地人においては解除により免れるべき反対給付義務等の拘束を実質上負つていないのであるから、その解除は右の拘束から離脱するという意味すら持つておらず、したがつてかような解除に重きを置いてこれを基準に損害額を算定しようとすることは合理的根拠を欠くものというべきであり、しかも借地人は任意の時期を選んで解除しうるのであるから(本件では履行不能に基づく填補賠償請求訴訟が当審に係属中履行不能になつてから一〇年も後に解除の意思表示がなされている、)これを基準とすることは当事者間の衡平を期する所以ではない。したがつて本件の場合は、控訴人の主張するように解除時の借地権価格により損害を算定することは妥当でないといわざるをえない(最高裁昭和三七年七月二〇日判決民集一六巻一五八三頁は事案を異にし本件には適切でない。)そして賃借権の喪失による損害は通常借地人が自ら当該土地を使用収益しえなくなつたことによる損害であつて、他にこれを処分して取得する対価がえられなくなつたことによる損害ではないのであるから、その後地価騰貴の趨勢につれ賃借権の評価額が上昇することとなつたとしてもこれにより確実な利益を取得したであろうという特別の事情が認められない限り、その上昇額をもつて借地権喪失による損害といすことも相当でない。よつて控訴人の右主張は採用の限りでない。

次に被控訴人らの過失相殺の主張につき判断するに、増谷が火災後応急バラックを建築したのは控訴人に相談することなく行つたものであること前記認定のとおりであるから、控訴人がこれを許容したことを前提とする被控訴人らの主張は失当であり、また旧借家人がその店舗焼失後営業のため一時応急バラックを建築したのを借地人において直ちに撤去せしめなかつたからといつて、これをもつてあながち咎むべき過失ある行為とはいいえないばかりでなく、本来このようなことは本件の履行不能による損害とは通常関係のない事柄であるから、被控訴人らの右主張は排斥のほかはない。

五そして被控訴人ら先代が昭和三九年四月二八日死亡しその子たる被控訴人両名がその相続をしたことは当事者間に争いがないところであるから、被控訴人らはそれぞれ控訴人に対し前記賠償金額一、二二五、七〇〇円の二分の一たる金六一二、八五〇円を支払う義務を負担するにいたつたものというべく、これが支払を求める控訴人の請求は正当であるがその余は失当というべきである。

ところが、原審における控訴人の不法行為に基づく請求は当審において債務不履行に基づく請求に交換的に変更されることによつて取り下げられ、本件弁論の全趣旨によれば被控訴人らはこれに同意したものと認められるので、旧請求につき触れる必要はなく新請求につき判断すれば足りるわけである。よつて原判決の主文を変更し、控訴人の新請求中前記の限度においてこれを認容し、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を達用して主文のとおり判決する。(青木義人 高津環 浜秀和)

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